玉稿激論集

玉稿をやっています。

激しく倒れよ

「倒れるなら絶対ここがいいですよ」先輩がそう言ったものだから、「役者がたまに言う、舞台の上で死にたいみたいなやつですか?」と返すと、言下に否定された。「そんな格好いいものではないです。職場で社員が倒れたとなったら、上層部を人を増やす方向に…

仕事を納める

出勤簿に押印するところから仕事が始まる。今時、ハンコがないと仕事がままならないなんて会社があることに驚かれる向きもあるかもしれないが、ハンコ文化も悪いことばかりではない。A3サイズの出勤簿は365分割されていて、出勤した日には判が押されて…

War is over.

大会前に己に課した「入り込み過ぎない」との目標は一応クリアできたと思う。勝とうが負けようが自分の人生には何らの影響も及ぼさないのだからと。 勿論、W杯の話である。 かような目標を掲げないまま大会に突入して、日常生活に支障をきたしてしまうのが怖…

小銭を乞われる(加筆・修正版)

この国にあって、物乞いされることが何年かに一度ある。中年男に道端で「この三日間何も食べていないんです。150円貸してくれませんか」と言われたこともあったし、駅前で小さなスーツケースを引きずった老婆に「お兄さん、500円だけお願いできないか…

恐怖の電話、その後

大阪時代に「恐怖の電話」という題の記事を上梓して、僕が普段の仕事でいかに電話対応に苦慮しているかを語り、世間の耳目を集めたのは、読者諸氏の記憶にも新しいところだろう。 あれからもう二年が経つ。 二年の間に僕は支社内異動を一回、転居を伴う異動…

場所の引力

駅から程近いはずなのに、辿り着くまでには案外時間を要してしまった。土地勘が皆無の者にとって、渋谷の街は迷路そのものだった。 ついにここに来た。感慨もひとしおだった。 思えば、「聖地巡礼」と称して、好きなアニメの舞台となった土地だったり、歴史…

赤い心

時期尚早。一報を受けたときまず浮かんだのがこの四字熟語だった。選択肢ー無論私に何らの権限もないわけではあるがーの一人には勿論入っていたものの、このタイミングでの就任にはやはり驚かざるを得ない。 何の話かと訝る向きはないとは思うが、念のため付…

Money(fiction)

「ええんやな、ほんまに」「今ならまだ後戻りできるんやで」断るなんて微塵も思ってもいないくせに、いちいち念を押してくる山崎に隆義は苛立ちを覚える。しかし、顔には出さない。黙って頷き、拳銃の動作の最終確認を続ける。 シノギの関係で以前大阪に暮ら…

神の復活

大谷翔平がようやく今シーズン十勝目を上げた。ここ数試合はなかなか打線の援護に恵まれず、いいピッチングをしても勝ち星が付かないことが続いていたから、もしかしたらこのままシーズンが終わってしまうかもしれないなどと心配していたが、杞憂に終わって…

シリーズ・労働を語る3ーコントローラー室へ向けてー

「顔採用部署じゃないですか!栄転ですね、おめでとうございます!」ー総務課へ異動になった先輩へ向けた一言 「現場」とか「社会人」といった語が嫌いだった。現場でない場所などないし、我々はこの世に生を受けた瞬間からもう、社会の一員たらざるを得ない…

アウトロー(fiction)

「ボケ、どこ投げとんじゃ、ワレ!!」「ピッチャーの原点は外角低めやろがい!!」「ファーム行って出直して来い!このたわけ!!」隆義がプロ野球中継を見ながらテレビに毒づくのは今に始まったことではないが、足を洗って以来、さらにその傾向が強まって…

Xデー(fiction)

リョウヘイによると、2012年に地球が滅びるらしい。地球の裏側の文明が太古の昔に残した予言について話すおどろおどろしく彼の表情は、大いに芝居がかっている一方、心のどこかで漠とした不安を抱いているようにも見える。無理もない、まだ小学生なのだ…

いずれ必ずや反故にされる誓約

ご多分にもれず、会社のネットワーク・システムーなどというと、いかさもハイテクなイメージを持たれる向きもあるかもしれないが、僕の職場のそれはパスワードを打ち込んでエンターキーを勢いよく弾いてもなかなか起動しない。つまり「重たい」のだ。もう、…

チャンピオン(fiction)

夢の対決は実現しないまま終わった方がいい。「現実」が「夢」を超えるなんて、そんな滅多なこと起こりやしないのだから。 無敗の俺たちが戦ったら果たしてどちらが勝つのかという格闘技談義を肴に酒を飲む時間こそが楽しいのであって、二人の対決は我々大衆…

小田嶋隆に寄せて(加筆・修正版)

冒頭にて訃報ジョークを飛ばした駄文をブログに上梓して約一週間。何の因果もあろうはずがないが、小田嶋隆死去のニュースが飛び込んできた。瞬間絶句してしまう。 僕はTwitterアカウントを削除して久しいー実のところそれほど久しくもないーが、それでも世…

告解

肉親からの着信履歴に妙な胸騒ぎを覚えた。単純な用件ならショートメッセージで伝えればいいものを、そうしていないのが何とも不穏だ。折り返しの電話に出た先方は明らかに何かを言い淀んでいる様子。またぞろ誰かが死んだか危篤か。心の準備は整っていない…

奇貨(fiction)

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週末日記(ニ)

五月二十七日(日) 七時起床。眠気激しく、二度寝。十時再起床。 十一時過ぎコンビニへ赴き、朝(昼)飯、二リットルの水、パイプ用洗剤を購入、同時に水道料金も支払う。 帰室し、サンドウィッチとマウントレーニアのカフェラテを食した後、風呂掃除。パイ…

週末日記

五月二十一日(土) 六時半起床。二度寝。八時に近所の喫茶店でモーニング。満席に近く、カウンターに案内される。待っている間も客足は絶えず、ついには外に列が出来始める。小倉トースト、茹で卵、ヨーグルト。普通に美味いが、朝っぱらから並んでまで食う…

残酷の才能

何となく有給休暇をとった日に、布団に寝そべりながら、大谷翔平の二本のホームランをリアルタイムで拝めたのは僥倖だった。解説を務めていた元メジャーリーガーの岩村明憲は、スロー映像を見ながら大谷の打撃をこう分析していた。「バットでボールの内側を…

俺の価値観を問うな

職業柄、「そういう決まりになっているので」と応対する場面が屢々ある。だからどうしようもないと思いますと。それで大抵の場合、相手は引き下がってくれる。時には不満気な表情を浮かべもするが。 だから先日電話をしてきた客ー正確には関係者ーが「どうし…

シリーズ・労働を語る2ー超勤の妙味ー

「明日来るんですか?」「はい、来ますね、〜さんは?」「僕は明日は休んで、明後日来ます」ーある金曜日の会話 交替制の業務をしていたときは、一秒たりとも残業したことがなかった。終業時間を過ぎても残っている人を奇異の目で眺めていたし、実際に「(頭…

シリーズ・労働を語る1

かなり仰々しいタイトルで始めてしまい、既にしてビビっているが、標記について考えていること、感じていることを断続的に、願わくば縦横無尽に語っていきたい。「とりあえず一年は頑張るか」くらいの意気込みで入った会社で丸四年も働いてしまっている。四…

震える大地

ここのところ地震が多い。当たり前のように連日震度4以上の揺れを各地で観測している。幸い僕は揺れに見舞われていないけれど、日々怯えている。明日は我が身だ。 数年のうちにこの国を確実に襲うとされている大震災が直撃する地域に住んでいることもあって…

フェイクでは生きていけない、ジェニュインでは生きていく資格がない

サッポロ黒ラベルを死ぬまで飲み続けた者にだけ与えられる手帳サイズのノートを勿論僕も持っていたのだが、これまで殆ど使用する機会がなかった。勉強に使うには小さすぎるし(というか、そもそも久しく勉強などしていない)、備忘録はスマホのメモで事足り…

Go East

「この会社では東への異動、即ちゴーイーストするのは、出世なんですよ」ー何の根拠もない先輩の一言 約9年間暮らした関西を今般離れる運びとなった。転居地へ向かう新幹線で本稿を起こし始めている。なかなかにエモーショナルな状況だ。 9年。それなりに…

脳からの汗

週に二回は酒を飲まないという己との約束をここのところ破りがちだ。週二日(特に月金)はアルコールを入れない。ただし飲み会等のやむを得ない特別な事情がある場合は、この限りではない。平時は週二回酒を断つのに何らの痛痒も感じていない。しかし、不安…

越えられぬ壁

「動物とか全然、少しも、全く、好きじゃなかったよね?」「その通り。でも、好きなふりはできる」ー旧友との会話の断片(2022年3月) 獣医の友人は診察時に訳のわからぬことをがなり立てるクライアントに対して、「うちでは診れませんので、お引き取り…

帰還前夜

月に一回は少なくとも有給休暇をとるようにしている。当初は適当な金曜日や月曜日を休んで三連休を作ることに腐心していたが、水曜日に有給をとるのがシャープな振る舞いだということに今更ながら気づいてしまった。遠出する予定もないのに兎にも角にも三連…

春彦・みゆき、あるいは人生

『みな殺しの歌』 故・西村賢太が敬愛していた大藪春彦の初期作品。兄を殺した連中への復讐心に燃える主人公・衣川恭輔が、題名の通り誰彼構わず殺しまくる。復讐をせねばならないのは確か6人かそこらのはずなのに、本作で晴れて復讐が叶ったのはそのうちた…