玉稿激論集

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祖母の引っ越し(フィクション)

人生はジェットコースターだ(月並みだけどいい書き出し)。

 

まあ、というわけで、高知の元エキゾチック美人の祖母が僕の実家の近くに引っ越して来る運びとなった。高知に資産価値550億円の家を残して(ちょっと盛った)。

 

もう80歳になるおばあさんに部屋を貸してくれる人がいたんですよ。いやー、世界は素晴らしい。で、その部屋というのが、昔僕の幼なじみが住んでいたということで、なんか不思議な縁を感じた次第。

 

「いや、実は80歳のおばあさんなんですよね」借り主について管理会社の人に尋ねられて、母が答えると、その人は少し考えた後に、「僕がいつか仕事で言ってみたい一言ランキング(最新版)」で一位をとった一言としても有名な、「一旦持ち帰らせてください」を言った。

 

「やっぱ貸してくれんよね」と思っていた父と母だったが、存外物事がスムーズに進んでいったというわけだ。

 

今回のサビは、それから遡ること数週間のときのことだ。

 

時を戻そう。時間の流れは運動だ。誰にも止めることはできないけれど。

 

久しぶりに実家に帰って、食卓を囲んでいたときに、母が僕に言った。

 

「ちょっと高知に電話かけてくれんかねぇ」

 

母はいつも自分で高知の祖母に電話をするので、少し怪訝に思いながらも、僕は電話をかけた。ワンコールかツーコールで祖母が出た。

 

「あらー、久しぶり」と言う祖母に対して、僕はいつも通り「あ、オレオレ。ちょい早急にまとまった金が要るけぇ、振り込んでや」などと軽口を叩き、母に受話器(スマホね)を渡した。

 

母も普段と変わらない他愛のない会話をして、受話器を置いた。

 

それから母は珍しくぽつりぽつりと話し始めた(いつもはズガガガーン!!と話している)。

 

「実はこの前さあ、お母さんにきついことを言ってしまったんよね。じゃけ今日は〇〇(僕)に電話してもらったんよ、助かったわ」

 

祖母は元気なのに、自分の身体の悪いところを探しては、母に電話で不安を打ち明けていたという。その度に母は祖母の話に耳を傾け、諭すように、「そんなに心配なんだったら、一回お医者さんに診てもらったらどう?もしあれなら私も高知行くし」と応じていたが、祖母の態度はいつも煮え切らないものだった。

 

「いやー、でもねえ…」

 

と。

 

「昔からあの人はああいうところがあるんよ」

 

ため息混じりに母は言った。母と祖母の間に長年そんなやりとりがあったなんて、僕は全く知らなかった。家族といえど、やはり他人なのだ。

 

80のおばあさんが、自分の健康状態をあれこれ心配するということは、ごくありふれた一般的なことだと思う。だから母も最初の方は親身になって、祖母の話を聞いていたのだろう。でも、何度となく繰り返されるネガティブかつ非生産的なやりとりに、さすがに少し辟易していたのだ。それでも、最近お腹の調子が悪いと言う祖母に、「まあ大丈夫だと思うけどさ、心配なら一回大きい病院で大腸検査を受けてみたら?」と優しく応じた。また始まったよと思いながら。

 

それに対する祖母の返答で、母はキレてしまった。

 

「まあ、でも…。誰かに付き添ってもらわないと不安。〇〇ちゃん(母)も忙しいから無理よね…」

 

「今まで積もってたものもあったからさあ、腹が立ったんよね。思わず言ったもん。『どうしてそんなこと言うの。お母さん、今まで私が言ってきたこと全然わかってくれてなかったんだね』って」

 

「お母さんになんかあったら、いつでもそっち行くよ、私だって。ずっとそう言ってきたじゃん」

 

「私、自分の母親のことが情けなくなったんよね」と言う母の目には涙が溜まっているように見えた。

 

正直言うと、僕は話を聞いたとき、「そんなことで怒らんでも別によくね?」と思った。上でも書いたように、年老いた人が自分の健康についてあれこれと思い悩むのなんて、自然なことだし、自分がもし親や祖母から複数回続けて弱音を吐かれたからといって、そんなに腹も立たないだろうと。これは僕が寛大な人間だとわけでは決してなく、腹が立つほど親身になって人の話を聞かないことの証左に過ぎないのかもしれないが。

 

まあでも思ったことをそのまま口に出すほど僕も無神経ではない。沈黙は金なりだ。意見は求められたときに言えばいい。

 

くどいようだけど、80になるおばあさんにここを直してほしいみたいなことを求めるのは、酷なことだし、祖母はおそらく変わらないから、これからも母は多分同じようなことで腹を立てることになると思う。父と僕はそんな毒にも薬にもならないことを母に言った。

 

祖母が僕の実家近くに引っ越して来る、1、2ヶ月前の話だ。

 

こんなんで祖母と両親はうまくやっていけるのだろうかと僕は少し不安になった。まして、祖母は生まれたときからずっと住んでいた街を離れて、引っ越してくるのだ。新しい環境に順応できるだろうか。見切り発車気味に決まった移住がどんな結果をもたらすのかはまだ誰もわからない。

 

「お母さんはとにかく一人が嫌やったんよ。まあ、お父さんが亡くなってから、長い間寂しい思いさせてきたからね」

 

そう言う母はどこか遠い目をしていた。特殊能力を使って、未来を見つめていたのかもしれない。

 

そんなこんなで、両親と祖母のドタバタ半同居生活が始まる。

 

僕からは一つだけ。

 

うまくいくと、いいよね。

 

最後にもう一つ。

 

ここのところ皆、医療従事者のために花火を上げたり、Forever Loveを歌ったり、戦闘機を飛ばしたりしている。でも、言うまでもなく、頑張っているのは、医療従事者だけではない。多くの人が日々頑張り、もがき、苦しんでいる。このブログは混迷を極める時代の中、日々たくさんの言葉を飲み込み過ぎて、過呼吸になっている、そんな全ての医療従事者でない人と、医療従事者に捧げたい。←サライ聴いておかしくなってます。無視してください。