玉稿激論集

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シリーズ・労働を語る2ー超勤の妙味ー

「明日来るんですか?」
「はい、来ますね、〜さんは?」
「僕は明日は休んで、明後日来ます」
ーある金曜日の会話

 交替制の業務をしていたときは、一秒たりとも残業したことがなかった。終業時間を過ぎても残っている人を奇異の目で眺めていたし、実際に「(頭)大丈夫ですか?もう帰る時間ですよ」と節介をやいた覚えもある。優しい先輩は「いや、まだちょっと仕事残っているんで」と笑顔で応じてくれた。仕事?シゴト?shigoto?先輩の返答の中に紛れていた一語が脳内でゲシュタルト崩壊する。一体この人は何を言っているのだろう。
 帰宅こそ正義であり、その正義は一刻も早く実現されねばならない。当時の僕は今よりもさらに強くそう考えていた。
 不滅のレコードを打ち立てもした。17時8分。未だ誰にも破られていないし、これから破られることもおそらくないだろう。イチローは1シーズンに262本のヒットを積み重ね、僕は17時終業でその8分後には自宅の最寄駅に到着していた。会社の最寄駅ではなく、自宅の最寄駅にだ。御賢察の通り、ものの譬えではなく瞬間移動をしたのだ。でないと説明がつかない。終業時間前に仕事が終わる訳などないのだし。イチローと僕のどちらが偉大かは歴史の審判を待つよりほかない。まあ、どちらも偉大ということでいい気もする。
 それが異動して全く別の業務に携わるようになると、途端に残業のループに陥った。脳内でぼやけたままになっていた、あの日の先輩の返答ー「シゴトノコッテル」ーがはっきりとピントを合わせた像を結んだとき、目の前には、書類の入ったクリアファイルが山積していた。それまで僕にとっては概念でしかなかった「仕事」が質量をもった物体として具現化したのである。とりあえず現実逃避も兼ねて、分厚くなったクリアファイルを縦方向と横方向に互い違いに積み重ね、隣の席の同僚に「キャンプファイヤーみてえになりました」と言うと、一瞬間を置いたのち笑ってくれた。
 異動先の部署は客が多く忙しい割には、職員数が少なかった。そうなると当然一人一人の業務量は膨大になるし、昼間はひっきりなしに客対応をしなければならないから、溜まった仕事を処理するのはどうしても終業後になってしまう。少しずつ、しかし着実に闇を深めていく外の景色を横目に「ああ、今日も帰れないな」と、僕の心も暗く打ち沈んでゆく。今日もなかなか正義(帰宅)を実現できない。
 ただ白状すると、超勤続きの日々に妙味とも云うべき充実感があったのもまた事実なのだ。残業をしたことがなかったときには知らなかった、決して心地良くなどはない過度な疲れや眠気が与えてくれる「俺は今まさに、バリバリ働いている」との実感は、帰りのスーパーで買うどんな惣菜よりも上等な酒の肴となった。定時で上がれないことに嘆息しつつも、自分が残業耐性を備えていたという事実は、深いところで僕を安堵させた。ああ、俺だって曲がりなりにも働けたのだなと。
 いつしか「まだ帰らないんですか?」と言われる側になっていた。「仕事終わらないんで」と返す側になっていた。
 ランナーズ・ハイやクライマーズ・ハイになぞらえて、オーバーワーカーズ・ハイなどといえば聞こえは悪くないが、要するに社畜である。労働時間もある臨界点を超えると、己の感覚を麻痺させる。まあ、感覚が麻痺したことにより、疲れを疲れと感じず、痛みを痛みと感じないようになっていたのだとしたら、それはそれで便利なことだと思うが。

 かように以前の部署では残業続きの日々を送っていた訳であるが、実のところ会社を一番最後に出たことは数えるくらいしかない。 
 いつも最後まで残っていたのはAさんだったからだ。Aさんはほぼ毎日十二時近くまで残業し、ほぼ毎週土曜も出ていた。フィクションもちょくちょく織り交ぜている当記事にあって、これはガチの話だ。一緒に働いたのは僅か一年だったけれど、強烈に記憶に残る先輩だった。
 何でも自分事として捉える人だった。こちらが世間話程度に仕事の相談をすると、「ちょっと待っててくださいね、以前同じようなケースやったことあるので」と自分の仕事を脇に置いて、詳細な資料を渡してくれる。仕事を溜め込んでいる新入社員の負担を減らそうと、夜遅くまで残っていたことも何度もあった。上司にも引けを取らないくらい仕事の知識があるために、僕を含めた皆がAさんを頼っていた。
 人間味溢れる人だったから、あまりに忙しくなると気が立つことも屢々あったが、全く怖くなかった。数十分後に「いやー、さっき怖かったですよ」と、こちらから冗談を飛ばせるくらいに。「取り乱してしまい、すみませんでした」と謝る誠実なAさんを偉そうな僕は赦した。
 僕が残業をしてしまう理由の一つは、細かいところにいちいち拘泥してしまうからだと思う。例えば、作成する文書の「てにをは」をなかなか決められない。意味さえ通じたらそれでいいのに、上手い文を書こうとする。全くもって非効率だし、不要なこだわりだ。対して、Aさんのこだわりは、そんな甘っちょろいものではない。それは寧ろ執念とか狂気に近いものだった。
 その日もAさんは後輩から仕事の相談を受けていた。後輩が電話で客と折衝をするのを見守る。やがて埒が開かないことを悟ったAさんは一度電話を保留させた。
「上司に替わると言ってください。私が出ます」
それからどれくらい話していただろう。結局妥協点は見つからず、言い争いが始まった。相談を持ちかけた後輩はすでに帰っているが、Aさんはそんなことお構いなしに口角泡を飛ばしている。するうち、客側から一方的に電話を切られてしまった。
 ここからが凄かった。
 約二時間にわたってAさんは客に電話をかけ続けたのだ。留守電に入る瞬間に受話器を置き、リダイヤルするという作業を二時間やり続けたのだ。「着拒する暇なんか与えません」と言いながらカチャカチャとボタンを押すAさんの目は確かにイッていた。「着信履歴残るからまずいですって」と宥めても、「悪いのはこっちじゃないですからね」と、全く聞く耳を持たない*1
「昨晩百回近く電話したんですけど、繋がりませんでした」
翌日そう報告するAさんに、上司は労いの言葉をかけていた。
 今でも当時の自分はよく働いていたと思う。ただ、もっとやれることがあったのではないかとどこかで感じてしまうのは、Aさんの働きぶりを間近で見ていたからだろう。自分はAさんのようにはなれない。あれだけの長時間残業することも、他人の仕事を抱え込むこともできない。何よりあんな狂気的な執念を仕事に注げない。ああいう風になりたいのかなりたくないのかは別にして、単純に、純粋に、敵わないなと思う。
 忙しかった以前の部署において、Aさんや僕のように、残業続きの日々を経てている者がいた一方で、然程残業もせず、週に何度かは定時退社をしていた人もあった。その人の仕事ぶりが決して雑ではなかったことからすると、ある程度割り切ってしまえば、要するにいらぬこだわりを捨ててしまえば、程よいワーク・ライフ・バランスを保てるのだろう。でも、僕はどういうわけか、Aさんの「仕事に生きる」生き様に少なからず影響されてしまったのである。
 労働者にとっては、仕事に対する姿勢が即ち生き方のスタンスである。「そんなに必死になるなよ」というのも、勿論立派なスタンスだし、僕もそう考えていたときもあった(今でもある)。でも、「あいつらヌルいことやっとるのう」と仕事にマジになるのもときには悪くないだろう。残業の日々を経て、そんな平明な結論に至っている。

(後記)
 新部署の上司に今朝「残業し過ぎですよ」と言われた。全くもってそんな自覚がなかったので、瞬間二の句を継げなくなった。
「◯◯(上司のさらに上司)も気にしていましたよ」
「早く帰れるときはなるべく早く帰って下さいね」
承知の意を告げようとすると、上司は見透かしたようにこうも付け加えた。
「でも残業はちゃんとつけないといけませんよ」
 遠く離れた地でAさんがくしゃみをしたような気がした。

*1:後日聞いたところによると、かような狂気じみた行いをしながらも冷静さは保っていたらしく、会社の電話で鬼電をしながら自分のスマホで「〇〇(会社名) 鬼電」と検索していたらしい。「ググったら何個か出てきたんで、私以外にもやっている人がいるんだと思います。だからかけ続けたというのもありますね」と述懐していた。