玉稿激論集

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シリーズ・労働を語る3ーコントローラー室へ向けてー

「顔採用部署じゃないですか!栄転ですね、おめでとうございます!」
ー総務課へ異動になった先輩へ向けた一言

「現場」とか「社会人」といった語が嫌いだった。現場でない場所などないし、我々はこの世に生を受けた瞬間からもう、社会の一員たらざるを得ないと考えていた当時の僕からすると、賢しらにそういった語を使い回す意味がわからなかったのだ。いやはや、無知というのは恐ろしい。世間には「現場」じゃない場というのが確と存在し、また、いい歳こいて「社会人」になりきれていない連中というのが一定数いるなどという当然至極のことを知らなくても許されるのが、若者の特権の一つと言っても過言ではないだろう。
「事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起こっているんだ!」とは、大人気刑事ドラマの劇場版で主人公が放つ台詞として有名であるが、正鵠を射ている。「現場」とは仕事の最前線である。血が流れる場所、悪質なクレーマーががなり立てる場所、無理が通り道理が引っ込む場所である。対して、「会議室」とは大本営である。そこでは現場に立ったことのない者や、現場を離れて長の年月を経た者、まあ、有り体に言えばすかたん野郎共が現場を方向付ける決定を下す。「会議室」という表現では全てを表現しきれないから、ここではモニター室、いや、コントローラー室とでも呼ぶことにしよう。
 既にお気づきの向きもあると思われるが、僕はコントローラー室の連中に対して、コンプレックスな感情を抱いている。嫌悪と憧憬かない混ぜになった感情とでもいおうか。まあ、前者の方が含有量は多めだ。だって、奴らときたら、現場の大変さを知りもしないくせに日夜訳のわからぬ決定を下し、我々の業務をより煩瑣にするのに余念がないのだから。
 思えばアルバイト時代を含め、コントローラー室側の人間になったことが一度もない。いつも現場でせこせこ働き、たまさかに出される馬鹿げた大本営発表に嘆息し、監視カメラに向かって中指を突き立てている気がする。
 監視。それこそはコントローラー室の一大任務である。奴らは我々のことをハナから信用しておらず、目を離せばすぐに自分たちの作ったつまらぬルールを破るものだと決めつけている。
 以前、さる民間企業に就職した知人の社用車に私用で乗せてもらったとき(←おそらくあんまりよろしくないことなのだろう)、タコメーターを見ておくように頼まれた。知人曰く、それが高速であっても時速100キロ以上で走行していたら、奴らに咎められるとのことだった。車は高速道路をのろのろと進んだ。事ほど左様に、我々はいつも管理下・監視下にあるというわけだ。
 と、つらつらと愚痴を述べ立ててきたが、奴らにも奴らなりの大変さがあるということはわかっている。現場の実態など知りようがないなかで、「現場のことが何もわかってない」などと非難されるのは堪えるものがあるだろう。そんなことを言われても知らないものは知らないのだと開き直りたくもなるだろう。
 もう一つ、目を背けてはならないことがある。それは「あいつら現場のことなんて、何にもわかっちゃいない」と愚痴をこぼすとき、我々現場の人間はえもいわれぬ快楽を覚えているということだ。実際のところ、我々はコントローラー室の連中に現場の意思を汲み取ってほしいなどとは思っていないのだ。むしろ、いつまで経っても現場のことなど何も理解せずに馬鹿げた方針を発表し続けてほしいと思っている。連中が現場の声を丁寧に汲み取り始めたが最後、我々はもうあの快楽を味わうことができなくなるのだから。