玉稿激論集

玉稿をやっています。

高知に行ったときの話

先日、母の実家の高知に行った。

 

両親と兄が高知で開かれるマラソン大会に出るというので、その応援のために。

 

まあそれは置いといて。

 

んで、なんか皆出払っていて、たまたま俺と婆さんしか家におらんみたいな時間があったんよ。

 

この時しかないと俺は思ったね。

 

というのもさ、最近一人一人の人生に本当に多くのドラマがあるんだなあって感じることが結構あってさ、そういえば俺って自分の家族がどんな人生を歩んできたのかさえもほとんど知らんなあってことに気付いたんよ。

 

それは婆さんについてもまさに言えることで、婆さんが婆さんになる前、つまり、俺が生まれる前までの半世紀以上にわたる年月を婆さんはどのように過ごして来たのかを聞きたくなったんよ。

 

でもそういうのってなんか、皆が揃っているときに話すようなことでもないじゃん。

 

あんまり触れられたくない過去だってあるだろうし。

 

じゃけ俺は二人になったタイミングを見計らって、いろいろ聞いてみたわけよ。世に言う婆さんのエピソードゼロをね。

 

語るという行為が、過去の傷に対するカタルシスになるかもしれんしね笑。

 

まあそんなわけで、人様の過去に土足でレッツラゴーしたわけっす。

 

以下その詳細。

 

まとまりを欠いた話になるし、読む人にとってはそんな面白い話でもないかもしれんけど、頑張って書いてみるわ。エッセイチックに。

 

両親が兄夫婦を空港に迎えに行ったのを見計らって、僕は祖母にこう切り出した。

 

「あの写真の二人って、ばあばのお父さんとお母さんよね?」

 

僕が指差した白黒写真の中には、二人の男女が写っている。男の方はなかなかの二枚目で僕の兄の上位互換のような出で立ちだ。女の方はあまり美人ではない。おそらく、結婚式のときの写真なのだろう。二人はきれいな着物を着て、こちらをみている。

 

祖母は頷いた。この頃の祖母は、年をとるごとに小さくなっているように僕には感じられる。まるで、風船に小さな穴が空いていて、そこからちょろちょろ空気が漏れているかのように。

 

祖母は訥々と父(僕からすれば曽祖父)・茂樹のことを語り始めた。

 

「お父さんは本当にええ人でねえ」

 

高知の漁港で生まれた茂樹は、婿養子に入る形で妻・房と結婚した。祖母曰く、周りから慕われる性格で、その人の良さから、騙され、その結果多額の借金を負っていたこともあったらしい。

 

「子供の頃に、一時お父さんが家にいない時期があったのよ。山口の方に逃げていたみたい。子供心に何があったのかは大体わかったよね。でも、お父さんはうちが貧乏だなんて素振りを全く見せなかったのよ」

 

「ここらで秋祭りがあったときも、お父さんは近所の人を家に呼んで、大盤振る舞いしてねえ。お金はそんなになかったはずなのにね。見栄っ張りなところもあったのかしら」

 

話が弾んでくると、祖母は「ちょっと待ってて。いい写真があるのよ」と言って、二階へ上がった。

 

しばらくして戻って来た祖母は数冊のアルバムを抱えていた。

 

「探してた写真はなかったんだけど」と言いながら、祖母がアルバムを開くと、そこには在りし日の茂樹が写っていた。髪をきれいにセットしており、首からはカメラを下げている。洒落た趣味人を思わせる姿だった。

 

別のページを開くと、今度は浴衣姿の茂樹が芸者遊びをしている。会ったことのない曽祖父が芸者遊びをしている写真を見るという体験は、とても新鮮だったし、本当に楽しそうにしていたので、僕はその写真が気に入った。

 

「お父さんはそこに入り浸っていたのよ」

 

祖母は苦笑する。ページをめくると、そこにはむすっとした表情をした房の顔が写っている。房はどの写真も基本むすっとしている。彼女は茂樹が芸者遊びをしていたことを知っていたのだろうか。今となってはわからないことだ。

 

それにしても、若い頃の祖母は本当に美人だったと思う。昭和の顔をした田舎娘の友人たちと同じフレームの中に収まってはいるものの、一人だけエキゾチックな魅力を振りまいている(ちなみに、僕が祖母の姉・美子の子供時代の写真を見て、「北朝鮮の楽団の少女みたい!」と言ったのは、ここだけの話。んでもって、僕の祖母はそういう北朝鮮的な意味で「エキゾチック」だったわけでは、ない)。

 

それからも祖母は色んな話をしてくれた。学生時代は数学が本当に苦手だったこと。経済的な理由で高校を辞めなければならなかったこと。高校を辞めた後に親戚の紹介で入った会社で、生涯の伴侶となる僕の祖父と出会ったこと。丁寧に風呂敷包みを開けるように、一つ一つのエピソードを僕にプレゼントしてくれた。

 

「そろそろ皆帰って来るから、これは片付けるわね」

 

祖母は言った。僕としては、祖母から聞いた数々の興味深い話を皆で共有できたらなあと思っていたので、少し残念な気持ちもしたが、祖母の思いを尊重することにした。祖母はアルバムを持って二階に上がり、何事もなかったかのように、両親と兄夫婦を出迎えた。

 

どんな人も秘密を抱えて生きている。その秘密は、近しい人にだけ語られる訳では決してない。浮気をしていることを、最も近しい隣人たる妻には言わない男も、一人で行った旅先で、ふらっと入った居酒屋で隣り合った人には、こそっとこぼすかもしれない。それでも、本当の秘密というのは、語られることなく、墓場まで持って行かれてしまうのだろう。そしてそこにこそ、人間の面白味(面白味という言葉では語り尽くせない何か)があると僕は思う。

 

祖母は、僕が聞いたことのなかった話をたくさんしてくれた。でも、それは祖母という人間を形作ってきたほんの一部の出来事に過ぎない。そして、祖母もまた、誰にも語ることのない秘密を抱えたまま、人生の最期までを生きていくのだろう。

 

家族というのは、最も近しい隣人である。僕は彼らから少なからぬ影響を受けて、今日まで生きてきた。だとすると、彼らがどんな人生を過ごしてきて、人生の転機に何を思ったのかを知ることは、僕がどうして今の僕みたいな人間になったのかを知るための、一つの鍵になるのではないだろうか。そんな思いから、僕は家族の歴史(歴史と言えるほどたいそうなものじゃないかもしれないけど)を紐解くことにした。これがその第一章だ。

 

おそらく、僕の家系には血塗られた歴史などはない。だから、歴史を紐解いても、普通の人々が普通に暮らしていたということが、明らかになるだけだろう。でも、普通の人々の普通の暮らしというものの中にも、様々な思惑が交差し、伏線が張り巡らされている。事実は小説より奇なり。人の口から語られることによって、出来事は物語になる。僕はそのストーリーテラーになりたい。