玉稿激論集

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恐怖の電話、その後

 大阪時代に「恐怖の電話」という題の記事を上梓して、僕が普段の仕事でいかに電話対応に苦慮しているかを語り、世間の耳目を集めたのは、読者諸氏の記憶にも新しいところだろう。
 あれからもう二年が経つ。
 二年の間に僕は支社内異動を一回、転居を伴う異動を二回し、週二日休肝日を設ける代わりに一度の食事では二本の酒を飲むようになり、週末は誰に頼まれた訳でもないのに約三キロのジョギングをする習慣を身につけた。四歳下の同期Dには新しい彼女ができ、D大学を卒業したこれまた同期のKは一児の父となり、予めお祝いを渡していた僕に引き出物として、五枚セットのタオルを送ってくれた。
 世間に目を向けても、変化は目まぐるしい。
 バカ殿様の命を奪ったはずのコロナウイルスにしたって、いつの間にか弱毒化し、該ウイルス感染症を「ただの風邪」と捉える向きも少なくない。
 あれほど盤石で安泰と見える政権運営をしていた宰相Aも、体調不良を理由に政権の座から下り、この七月には凶弾に倒れ、帰らぬ人となった。
 すっかり何もかもが変わってしまった感がある。無理もない。二年というのは短くない期間なのだから。
 勿論変わらないものだってある。
 相変わらず朝は眠いし、仕事はダルい。嫌なことがあっても腹は減るし、酒を飲めば一時は忘れられる。コロナウイルスの脅威は確かに薄らいでいるけれど、誰もマスクを外していないし、この国で一番偉かった人が銃殺された後も社会はぐるぐると回り続けている。
 周りの環境は大きく変化したが、僕の根は全くと言っていいほど変わっていない。根とは謂わばハードだ。ソフトは定期的に更新されている気がしなくもないが、大元のハードとはもう、一生付き合っていかなければならないのだろう。それがいいことなのかどうかは別として。

 と、ちょっとこう、アレな書き出しで始めてしまったものの、今も変わらず電話対応はあまり好きではない。如何なる配剤か、前の部署でも三月から配属された部署でも、電話機の前に配置されたから、流石に慣れてはきたが、やはりクレーマー気質の方々にはいつもオロオロしてしまう。
 兎角、人は電話越しになると、論理を飛躍させがちなのは一体どういうことなのだろうか。
客「〇〇したいんですけど、できますか?」
僕「申し訳ございませんが、〇〇はできかねます」
客「え、できない?じゃあ死ねってことですか!?私が死んだら、責任とってくれるんですか!?」
若干大袈裟に言うと、かようなやり取りが日常的になされているのである。「〇ね」など一言も、本当にただの一言も発していないにもかかわらず、責任などとるわけないにもかかわらずだ。
 ただ、僕自身にも問題はある。
 慣れてしまうあまり、対応がぞんざいになっているのだ。
 職務の性質上、テーマパークの職員のようなホスピタリティ溢れる対応は必要とされていないにせよ、やはり丁寧であるに越したことはない。現に、周りを見渡すと、皆一様に僕よりは幾分マシな対応をしている。少しは見習わなければならない。
 と、らしくもなく、殊勝な心持ちに至ったのには、勿論きっかけがある。
「電話口の態度が悪い〇〇とかいうけしからん奴がおるから、どうにかせい」と投書されたわけではないし、隣席の上司に口頭指導を受けたわけでもない。事態はむしろ逆だ。
 さる金曜日にかかってきた電話が全ての始まりだった(←ぐっと引き込む書き出し)。
 いつものように気怠さを押し殺し切れていない声で応対をしていたのだが、問い合わせ内容を把握できないうちに、先方は明らかに苛立ってきた。
「あなた、私の言ってること理解してますか?」
「わからないんだったら、詳しい人に繋いでもらいたいんですけど」
 こんなことを言われていい気がするはずもなかった僕は思いっきり自分のペースで問い合わせ内容について調べ、ゆうに5分は電話を保留した上で、先方に回答した。
 すると、切り際に尖った声で、
「あなたのお名前をフルネームで教えてください」
 事が大きく動いたのは、月曜日だ。向かいの席の先輩から、
「金曜日に…社の方とやり取りしましたか?」
と、金曜日の相手の名前を出されたとき、些かビクっとしたが、勿論そんなのはおくびにも出さずにいると、
「明日私に用があって来社するらしいんですけど、〇〇さん(僕)に先日の電話の件でお話ししたいことがあるとのことです」
 ここまで話して、
「何でも、お詫びしたいとのことで」
と続いたときには、一瞬何のことやらわからなくなってしまった。
 確かに、金曜日の先方の話ぶりには若干の腹立ちは覚えはしたものの、元はと辿れば原因は先方の言を理解しなかったこちらにあるのだし、クレームを入れられることさえ覚悟していた中での急展開だったからである。
「いや、むしろお詫びしなければならないのは、どちらかと言えば私の方で…」
とやけにモゴモゴしながら返す僕を先輩は話半分で聞いている様子だった。
 定時退社して帰宅した後もなんだか落ち着かない。「お詫びしたい」なんて言いつつ、先輩の面前でこっぴどく叱るつもりなのではないかなどという猜疑心さえ湧き上がってくる。土台、大の大人が態度を翻して謝罪するなんて、そうそうあることではない。不安の中で床についた。
 だから翌日、当初の宣言通り頭を下げる先方の前で、多少の安堵感も覚えたのだが、もう一つ厄介な感情が生じていた。
 先手を打たれたと思ったのである。
「この度はうちの職員が大変失礼な物言いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
との詫び言が全くの嘘だったなどとは別に思わない。ただ、そう述べる先方だって、僕に電話をした職員に事情を聞いているはずであり、そこで該職員も、
「いや、あっちの態度も大概なものだったんですよ」
くらいのことを言っているかもしれない(いや、おそらく言っているだろう)。その上で、先方は僕に謝罪をするというコマンドを選択したわけだ。これはもう、ちょっと下手なマネはできなくなってしまった。そう思ってしまったのである。と同時に、ここ数ヶ月の己の対応の雑だったことを柄にもなく反省する流れと相成ったというわけだ。
 殊勝になったついでに、初心に立ち返るのも悪くないだろう。
 とりあえず世話になっていない相手に対しても、「お世話になっています」と言うくらいのところから始めよう。
 というわけで、皆様いつも読んでくれてありがとうございます。