玉稿激論集

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財布を買おうとしている話

今使っている財布は、大学の入学式の前日に買ってもらったものなので、かれこれ6、7年は使っていることになる。

 

もうかなりボロボロになっている。ところどころに変な折り目がついているし、小銭を入れるポケットは完全に破れていて、意味をなしていない。

 

そんなわけで、ここのところ新しい財布の購入を検討している。最近の私のGoogleの検索履歴は、「〇〇(ブランド名) 財布」で埋め尽くされている。

 

ボロボロになったからという理由の他に、財布の購入を考えるようになったもう一つの理由がある。同僚や年の近い先輩がいい財布をもっている姿が散見されるようになってきたからだ。彼らの財布を見ていると、破れかぶれな財布をずっともっている自分がなんだか惨めに思えてきて、「ここらでいっちょ、いい財布を買うのもありだな」と思うようになった次第である。

 

しかし、そんな望みは昨日の激薄給により、ものの見事に打ち砕かれた。いい財布なんかとても買えたものではない。

 

いや、ちょっと待てよ。

 

ふざけんじゃねーよ!!!

 

なんであいつらあんなにいい財布買えんだよ!!

 

おめーらの給料だいたいわかってんだぞ、こっちは!!グッチだか裕三だかコーチだかシャネルだかヴィトンだか知らねーけどな、10万近くもする財布買えるような賃金じゃねーよ!!俺たち火を灯しすぎて、爪ほぼ溶けてなくなってるじゃねーか!!

 

それともあれか、お前らの先祖は加賀百万石か!!徳川埋蔵金か!!

 

大体なあ、俺らみたいな作業着姿で仕事してる奴が、財布だけハイブランドなのどう考えても不釣り合いなんだよ!!

 

つい、取り乱してしまった。ただ、本当にほんの数日前までは、五万円ぐらいの財布を買おうと思って、通販サイトをブックマークしたりしていたのだ。給料が入った今となっては、買わなくてよかったと思っているけど。

 

購入に踏み切れなかった理由は、わかっている。それは、私が倹約家というのを通り越した貧乏性だからだ。カートに入れる段階になると、どうしても「これこんなに金かけて買う必要あるかなあ」と思ってしまう。残高は五万円よりかはあるし、貯金して何か買いたいものが特にあるわけでもないのだから、買ってしまえばいいのに、だ。

 

村上龍の『コインロッカーベイビーズ』で、主人公が「欲しいものがわからないと、欲しいものが手に入らない」みたいなことを言っていたのだけど、最近この言葉をよく思い出す。結局、いい財布が欲しいなどという私の思いは、周りに流された一時的な盛り上がりに過ぎず、私の心の中は空洞なのかもしれない。欲しいものがわからないと、欲しいものが手に入らない。やりたいことがわからないと、やりたいことができない。当たり前のことだ。

 

最終的に、財布とは関係ない話になってしまったけど、自分が熱くなれるものを今年中に見つけたいと思う。