いつか見たい映画
今日給料日だったんよね。
普段は毎月16日なんじゃけど、明日が土曜日だから、今日振り込まれとった。
いやー、びっくりしたわ。
俺は思ったよ。
こんなん、アルバイト頑張った学生の給料じゃねーか!!
いや、
囚人の刑務作業の賃金だよ!!
「スズメより小さい鳥」でググってな、そいつに涙こぼさせてやるわ!!
ってね。
まあでも、こんなご時世で、小さくまとまった金を毎月もらえるだけでもありがたいよな。
それはさておき。
映画の予告編を見るのが好きだ。予告編だけで感動してしまうこともある。本編を見た後に予告編を見返してみると、「結構重要な場面を予告編で流していたんだな」ということがわかる場合もあり、なかなか面白い。
最近予告編を見て、本編も見たくなった映画が二つある。「GO」と「かぞくのくに」だ。興味がある向きは、YouTubeで検索して見てほしい。二つとも似たようなテーマを扱った、左翼が好みそうな作品だと思う。両作品とも、在日韓国人とか在日朝鮮人が物語の中心になっている。
仕事で、在日韓国人とか在日朝鮮人の方と接する機会がそれなりにある。会社内には彼らをあからさまに嫌っている人や、彼らに対して偏見を抱いている人が少なからずいるように思える。社内のこういった人たちを、差別主義者だと断罪するつもりはない。私自身、彼らに対して何の偏見もないと言い切れるのかと問われれば、答えに窮してしまうだろう。ただ、私としては、「あいつは韓国人だから〇〇」とか、「朝鮮人は自分たちと比べて〇〇」といった考えには与したくない。もちろん人には合う合わないがあるので、韓国や朝鮮の方と接していて、不快な思いをすることはあるし、喧嘩になりかけたこともある。でもその反面、ーこれも当たり前のことだけどーいい人もたくさんいる。
自分とは異なる国の人に不快な思いをさせられたときに、「あいつうざいなあ」→「あいつって〇〇人だったよな」→「〇〇人マジ嫌いだわ」のような、単純な思考回路を辿ってしまう人にはなりたくない。「あいつうざいなあ」でどうにか終わらせられるようになりたい。要するに私は自分の中に差別感情を持ちたくないのだ。理由はうまく説明できないが。
「差別はよくないことだ」というのは、大多数の人々の一致した見解だと思う。著名人がSNSやテレビ番組などで、人種差別的・性差別的な言動をしようものなら、方々から批判されることになる。とはいえ、どういう言動をもって差別とするのかについての、明確な線引きはないように思われる。
例えば、以前テレビ番組で、街行く人に「関西人のどこが嫌ですか」とインタビューする企画があった。日常においても、「京都人は意地が悪い。前こんなことがあってさ…」 のような会話は割と自然になされているだろう。でも、この関西人や京都人のところに中国人や韓国人を代入してしまうと、一気に差別的なニュアンスを帯びてしまう。そんな企画はもちろん成立しないだろうし、あなたの会話相手は眉を潜めてしまうかもしれない。ただ、私には中国人差別や韓国人差別と関西人「差別」の本質的な違いというのが、何なのかわからない。もしかしたら、関西人「差別」だって、中国人差別や韓国人差別と同じぐらい悪いことなのかもしれない。
突き詰めていくと、「Aさんって〇〇なとこあるよね」と言うのも、Aさん差別になってしまうのだろうか。
よくわからない話をしてしまった。とりあえず、冒頭でアルバイト頑張った学生差別と囚人差別をしたことをお詫びして、終わりにする。