玉稿激論集

玉稿をやっています。

消息(fiction)

ユカへ

あなたと連絡がつかなくなってから、もう一年以上経ちます。元気にしていますか。わたしの方は新たな職場にも少しずつ慣れてきました。自分で言うのもなんですが、お客さん対応も最初と比べるとずいぶん板についてきたのかななんて思う今日この頃です(まあ、当初は本当にひどかったですから。思い出すのも恥ずかしいくらいに。)。仕事柄リモートワークとは縁遠く、あくせくした日常を送っているので、四六時中あなたのことを考えているというわけではありませんが、それでもふとあなたのことを思い出してしまうのです。だから慣れない手紙に思いの丈を書いてみることにしました。大学時代あなたが住んでいて、わたしが何度も足を運んだマンション宛に送ります。もし受け取ったのなら、一報もらえると嬉しいです、LINEのスタンプ一つでもいいですから。でも、あなたはもうそこにはいないのでしょう。この手紙も出して数日もすれば、わたしの元に返送されるでしょう、悲しいけれど。

手紙を書くのって、年賀状とかを除くとほとんど初めてだから、なんだか堅苦しくなってしまいますね。話すときはもちろん、LINEでもあなたに敬語を使ったことはないのに(もちろんあなたのことを敬ってはいましたよ。あくまで親しみの意味を込めてのタメ口だったのです、わかってくれているとは思いますが。)、どういうわけか、ですます調で書いてしまっています。どうかよそよそしくなっただなんて思わないでね、わたしは何も変わっていないから。

あなたとは地元の予備校で顔見知りではありましたが、本格的に仲良くなったのは大学に入ってからでしたね。振り返ればかなりの時間を一緒に過ごしたように思います。大学になかなか馴染めなかったわたしにとって、ユカは(「あなた」と何度も書くのも少し居心地が悪いのでここからは「あなた」と「ユカ」をいい感じでミックスして使っていきます。)本当に数少ない友達の一人でした。

わたしたちがあれほどに仲良くなれたのは、たくさんの共通点があったからでしょう。同郷。三姉妹の末っ子。女子校育ち。女なのに野球好き(贔屓の球団は違いましたが笑)。そして女なのに大酒飲み。特に最後の2つは大きかったですね。2人で居酒屋を何軒もハシゴしながら中年男がするような野球談義に延々と花を咲かせましたし、あなたの影響で見始めたメジャーリーグには結局わたしの方がのめり込んでしまいました。今でも当時ファンになった選手の情報をしばしばチェックしています。マーリンズにいたエチェバリアは今年千葉ロッテに入りましたね。

ただ、ユカはわたしなんかより全然優秀で、高い志も持っていました。TOEICもわたしの倍近いスコアを上げていたし、アメリカ留学もしていたから、将来は世界を股にかけて(大仰な言い方ですが)活躍するのだと思っていましたし、今もうすでにわたしの知らないところでそうなっているのかもしれませんね。夢に向かって突き進むユカは眩しくて、わたしも一時はユカみたいになろうかななんて思ったこともありましたが、結局は無理でした。特に不満はないけれど、流され、妥協し、今の場所にたどり着いた感は否めません。

大きな悲しみがあなたを襲ってからもう何年経つでしょうか。大学の夏休みが空けて久しぶりに会ったとき、あなたは大切な人を突然亡くしたことを打ち明けてくれました。あのときのことは、今でも思い出すと胸が詰まります。立ち直れないほどの悲しみに暮れているはずなのに気丈に振る舞うあなたにわたしがかけた言葉はおそらくあなたを癒すものではありませんでした。ごめんね、ユカ。力になれなくて。でも、もし時間を巻き戻せたとして、今のわたしがあの日より少しはましな言葉をあなたにかけられるかと言われれば、正直なところ自信がないのです。では何も言わずにただあなたの打ち明ける悲しみに耳を傾けていればそれが慰めになったのでしょうか。わたしはなぜかどうしてもそうは思えないのです。手垢にまみれた麗句「悲しみに寄り添う」が実際何をすることなのかはもちろんケースバイケースなのでしょうが、あの日わたしはあなたに何らかの言葉をかける必要があった。これこそが今でも身体的実感としてわたしの中に残っている思いなのです。

以降のあなたの人生は不運続きでした(わたしの勝手な解釈です、違っていたらごめんね)。就活で挫折したのはわたしも同じでしたが、わたしが妥協を重ねて最初の会社に入った一方で、ユカは納得のいく人生を求めて大学院に進んだ。そこで真面目に研究をしていたはずなのに、教授と折りが合わなくて卒業させてもらえず、折角もらっていた一流企業からの内定も反故にされてしまった。こんなはずじゃないとの思いは他の誰よりもあなた自身が抱いていたことでしょう。

時系列がぐちゃぐちゃになってしまい申し訳ないですけど、一昨年の夏休みは2人で沖縄旅行に行きましたね。友達2人で旅行するなど、わたしにとっては初めてのことだったので、喧嘩になりやしないか不安を抱きつつの旅でしたが、本当に楽しかった。ビール3杯でウォーミングアップをした後、40度を超える泡盛をロックで4杯ガブ飲みして、さらにオリオンビールの大ジョッキで締めた翌朝、起きたらあなたの右脚に大きな青あざができていて、ゲラゲラ笑ったのはいい思い出です。でもレンタカーの中で会話が途切れた瞬間にあなたが浮かべる寂し気な表情や、どんなお土産もあなたが同じものを2つ買っているのをわたしは見逃しませんでした。誰よりもあなたは優しい。そう思わずにはいられませんでした。

去年の7月久しぶりに飲みに行くことを提案してくれたのは、あなたの方でしたね。一にも二にもなく快諾したわたしの返信には今日も既読がつかないままです。その後定期的に送る生存確認メッセージにも。機種変しただけとかそんなことならいいんだけど、あなたの人生を思うと妙な胸騒ぎを覚えてしまうのです。

ねえ、ユカ、あなたはどこに行ってしまったの。いつまでもあなたからの返信を待ち続けるからね。

生きているなら、再会したときは、倒れるまで飲もう、コロナなんかお構いなしに、ね。

        自称あなたの親友 ミズカより