玉稿激論集

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春彦・みゆき、あるいは人生

『みな殺しの歌』

 故・西村賢太が敬愛していた大藪春彦の初期作品。兄を殺した連中への復讐心に燃える主人公・衣川恭輔が、題名の通り誰彼構わず殺しまくる。復讐をせねばならないのは確か6人かそこらのはずなのに、本作で晴れて復讐が叶ったのはそのうちたったの二人。それ以外の罪なき人も殺しまくるから、途中から、いや、かなり前半から衣川への同情心はなくなり、「こいつやべえな」と思いながら読み進めた。例えば警察官。いつだって銃声を轟かせて人を殺すものだから、衣川はすぐに通報され、作中を通じてほぼずっと警察に追われている。彼は己に銃口を向ける警官は容赦なく撃ち殺す。まあ、これはやむを得ない面もあるだろう。撃たずに自分が殺されてしまえば、兄を殺した連中への復讐も叶わなくなるのだから。しかし、逃げ込んだ邸宅の家主を散々痛めつけた挙句殺したり、乗り込んだボートの船頭なんかを利用するだけ利用して殺したりするのには少し呆れた。そう、怒りを通り越して最早呆れたのである。兄を理不尽に殺されたからといって、やっていいことと悪いことがあるというものだ。題名が『みな殺しの歌』だからといって、まさか全員殺していいわけがない。いや、全員は殺していなかった。逃げ込んだ邸宅の娘は殺さず、しかも後によろしくやっていた。まあ、これは衣川だけでなく、父を殺されたにもかかわらず衣川にひょこひょこ着いていく娘にも問題の一端があるとは思うが。
 決してつまらなくはなかったが、とりあえず続編『凶銃ワルサーP38』は読まないでもいいかな。帯が言うように「衣川の復讐劇は止まらない」以上、それに伴ってまた罪なき人々の屍も積み上げられていくという展開は目に見えているから。

 

中島みゆき 劇場版 ライヴ・ヒストリー 2007-2016 歌旅~縁会~一会』

 中島みゆきのフィルムコンサート。前日深酒をせずに早起きして見に行った甲斐があった。
 さほどコアなファンというわけではなく、実家にあるベストアルバム『大吟醸』を好んで聴いていた程度だが、歌われた15曲の中で初めて聴いたのは2、3曲だったから、代表曲ばかりを収録してくれていたのだと思う。世に言う「にわか」でも十二分に楽しめた。
 ちょいとばかり大袈裟に言うと、上映時間中ほぼずっと泣いていた。それくらい一曲一曲が身に沁みたのである。
 中島みゆきの歌う姿はYouTube等でもほとんどアップされておらず、好きな楽曲だと思ってタップしても何処の馬の骨ともわからぬ者のカバーを聞かされることが屢々なので、大スクリーンに映し出される本人映像には感慨も一入だった。
 声は勿論素晴らしいが、纏う雰囲気こそが中島みゆきの魅力だと改めて気づかれたナンバーは、『宙船』だ。一番はバンドのメンバーのめちゃくちゃに歌の上手い男性が担当しているのだが、「その船は〜自らを〜」と二番を中島みゆきが歌い始めた瞬間、一気に引き込まれる。もう、なんていうかモノが違うのだ。TOKIOが歌うのも悪くないが、やはり中島みゆきだ。
 言うまでもなく、『ファイト!』も素晴らしかった。ほとんど泣きそうな声で「あたし男に生まれればよかったわ」と叫んだ直後、打って変わった誇り高き表情で「ああ、小魚たちの群れキラキラと〜海の中の国境を超えてゆく」と続ける。後足で砂をかけられて生まれ故郷を後にし、「身内も住めんようにしちゃる」と言われながらも闘い続けてきた誇り高き戦士の姿をそこに見る。闘い、もがいている者の姿は往々にして滑稽だが、それを笑うのではなく、笑われても常に闘っている者の側でありたい。そう思わせてくれる。
 「土砂降りの一車線の人生」(『あした』)のはるか先には「まだ咲かぬ見果てぬ夢」(『ヘッドライト・テールライト』)があるはずだ。こんな気分は今日だけで、明日にはまたぞろくよくよ落ち込む展開が待っているのかもしれないが、一瞬だけでもそんな気分にさせてくれた貴重な時間だった。ありがとう、中島みゆき