玉稿激論集

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帰還前夜

 月に一回は少なくとも有給休暇をとるようにしている。当初は適当な金曜日や月曜日を休んで三連休を作ることに腐心していたが、水曜日に有給をとるのがシャープな振る舞いだということに今更ながら気づいてしまった。遠出する予定もないのに兎にも角にも三連休を作ろうとするのは、些か子供染みている。
 同僚の放った「火曜日って何のために生きているか、一番わからないですよね」との言は核心を突いていると思う*1。土日に養った英気が残っている月曜はまだいい。水曜にはどうにか終わりが見えてくるし、木金になると、休日へ向けてカウントダウンが始まる。やはり問題は火曜日なのだ。我々は一体何をモチベーションに火曜日を乗り切ればいいのか。人類の叡智を結集しても答えが出なかったこの問いは、水曜日に有給をとるという何とも平明な行いによって解決されたのである。水曜日が休みとなると、月曜日の時点で一回目のカウントダウンが始まっており、火曜日が金曜日としての地位を獲得する。休み明けはもう木曜日であり、一日働くだけでTGIF(サンク・ゴッド・イッツ・フライデー)だ。
 そんなわけで、特に予定もないが、その水曜日も俺は有給休暇をとっていた。休みだからといって、昼過ぎまで寝るなんてことはしない。大体いつも通りの時間に起きて、ゴールデンアーチが目印の世界的ファストフードチェーンに足を運び、ホットケーキをブラックコーヒーで流し込みながら、ハードカバーの本を読む。キリのいいところで店を出て、自室に戻り、再び部屋着に着替えて布団に潜り込む。瞼が重力に従う。眠りは自然に訪れる。
 空腹とともに目が覚めた。冷蔵庫には調味料と水ぐらいしかなく、食料は備蓄されていないから、どこかに飯を食いに行かねばならない。パッと思い浮かぶのは、松屋の焼きキムチ牛めしだ。俺はこの期間限定メニューにどハマりしており、おそらく今まで10杯以上食っている。味の説明は不要だろう。焼きキムチ牛めし。この言葉から連想される味と寸分違わぬ味だ。確かに美味いが折角の有給に食う程のものではない。となると、ラーメンか、中華か。これまた変わり映えしない。
 悩んだ末、大学時代好んで行っていたカレー屋に決めた。そうなると、もうカレー腹になっている。若干遠い道のりだが、歩いて行くことにする。ただでさえ美味いカレーに空腹という最高のスパイスを加えるためだ。
 開店直後に到着したからか、人気店なのに運良く並ばずに入店できた。「カツカレーの中辛で」。その日俺が発した二言目だ。一言目は「コーヒーとホットケーキで」。これだけで数分後には、至福の一時が訪れる。スパイシーなルーにカラッと揚がったカツ。サフランライスの黄色は目の保養にさえなる。福神漬けをたっぷり添えたうえで、スプーンを手に取る。
 帰りは地下鉄を使った。まだまだ一日は終わらない。本屋に行こうか、それとも家で映画でも観ながら昼寝をしようか。地上に出て暫し思案している時に、電話が鳴った。表示された番号に緊張感が走る。会社の非公開番号、いわゆる裏電からだった。休日にわざわざ電話をかけてくるなんて、普通考えられない。俺は高速で最近の会社での己の行状を振り返る。何をやらかしたのだろう。わからない。とりあえず一息整えて、通話ボタンを押す。
「お休みのところ申し訳ございません。〜の…です」
上司の言葉遣いはいつにも増して丁寧だった。こちらも挨拶を返しつつ、会話の次なる展開を待つ。
「あのー、今ね、会社の上の方から連絡があったんやけどね」
上司が普段通りの優しい関西弁に戻ったことに安堵したのも束の間、俺はぎょっとしてしまう。会社の上の方?何だ、何だ、何なのよ。上司よりも上って果たしてそんな人が本当にいるのか。漫画『ワンピース』の頂上戦争でゲッコー・モリアをボコボコにしたドンキホーテ・ドフラミンゴは、それを海軍元帥センゴクの差し金かとモリアに問われると、インデックス・フィンガーを天に向けながら「いやァ……!! もっと上だ……!!!」と言い放つが、ドフィーが誰を示唆していたのかだってまだ明らかになっていないではないか。それだというのに、この期に及んで会社の上様がー仮にそんな人が存在するとしてー平社員オブ平社員sの俺に何の用があるというのだ。
「人事異動の件なんやけどね」
 息を飲む。人事異動。「上の方」がそれについて決定権を持っているといった話をどこかで聞いた覚えがある。でも、実際のところはわからない。ガラガラポンブラックボックスというのが俺の抱いている人事に対するイメージだ。「人事を尽くして天命を待つ」なんて言われるが、俺たちの場合は「(往々にして尽くさないけれどまあ一応)人事を尽くして人事を待つ」有様なのだ。まあ、サラリーマンなら程度の差こそあれ、皆そんな感じなのかもしれないが。
 俺は歩を進めながら、上司の言に耳を傾ける。足は自然と自室に向かっていた。本屋で立ち読みをしている場合ではないと本能で悟ったのだろう。
「〇〇さん(俺)、……に異動できないかって上から打診があったんやけど、どうですかね…?」
「はいっ!?」
「いやー、俺にも今さっき電話が入ったところなんやけどねえ」
「あーっと、えー、そうですねー…」
 晴天の霹靂だった。この地に来てまだ一年足らず。入れ替わりの激しい部署だとは思っていたが、それにしても俺に、このタイミングで声がかかるとは。横断歩道を渡りつつ、頭をフル回転させるものの、そう簡単には答えは出ない。何しろ途轍もなく急な話なのだ。
「今この場でお答えした方がいいですよね…?」
「うん、まあ、そうやねえ」
今思えば、なかなかに無茶な話だった。
「嫌なんやったら、全然嫌って言っていいよ」
その真意は如何に。
「いやー、まあ、どうですかね…。すみません、ちょっとだけ考えさせてもらっていいですか?今日の終業時までには結論を出しますので」
 半ば強引に折り返しの約束を取り付けて、ひとまず会話が終了した。歩道に立ち尽くす。突然の宣告。思いもよらぬ打診。心の中を覗いても空洞が広がっているだけだった。しかしタイムリミットは刻一刻と迫っている。
 柄にもなく誰かに相談したくなってしまった。そもそもは俺もご多聞に洩れず、他人に相談などせず己のことは己で決めたいタチだ。稀に優しい先輩に仕事の相談めいたことをするときだって、適切なアドバイスを乞うているように見えて、その実俺が望んでいるのは、俺と同じ意見が他人の口から語られる事態なのだ。だから、「これって、…ですよね?」というイエスノークエスチョンは言うに及ばず、「…はどうしたらいいんですかね?」という5W1Hの問いかけだって、相手からの返答が自分の思っていたものとかけ離れていたら、一気に不機嫌になる。「あの、聞かれたから答えたんですけど…」と優しい先輩は戸惑いを見せるが、俺はというと「いや、もういいです」などと不貞腐れている始末。全くもって褒められた行いではなく、後になって悔やむことも屢々だが、度し難い。
 しかしまた異動か。苦笑せざるを得ない。確かに上司は「嫌なら嫌と言った方がいい」と言ってくれたが、仮令俺が固辞する意向を示したところで、打診を受けたという事実は変わらない。小さなものまで含めると、入社して何回目の異動だろう。片方の手だけでは数え切れないはずだ。数ヶ月単位で「はじめまして、よろしくお願いいたします」と挨拶をして回り、一年足らずで「ありがとうございました、お世話になりました」の言葉と菓子折りを添えてその部署を去る。会社の真意はわからないが、たらい回しにされている感は否めない。此度も誰の如何なる思惑が働いたのかは全くもって与り知らないが、またしても「お声」がかかってしまった。戦力外通告である。しかも此度のそれが持つ意味合いはこれまでとは大分異なる。
 去年の四月から新天地での勤務だった。これまでとは別の場所でのこれまでとは全く異なる業務。心機一転で臨んだ一年だったのである。
 まさに刀折れ、矢尽きるまで戦った一年だった。
 こういう結果を迎えたから後付けでそう言っているのではない。本当に死力を尽くして戦ったのだ。ものの譬えではなく、本当に「人事を尽くした」のである。日付が変わる直前まで残業したこともあったし、土曜日に出社して朝から晩までパソコンに向かったこともあった。無理難題を押し付けてくる客に面と向かって「俺な、〇〇人大っ嫌いやねん」と言われても歯を食いしばって耐えたし、「こら、ほんまにキレんで」と凄まれても頭を下げ続けることでどうにか切り抜けた。「録音してもいいですか」と申し出る弁護士を名乗る者や、電話口で町の権力者の名前を出してくる者もどうにか宥めすかした。あるいは普通のサラリーマンはこんなことは日常茶飯なのかもしれない。でも、俺の場合は違う。就職して以来、一秒も残業したことがなく、これといったストレスも抱えていなかったのだから。そんな自分が何はともあれここまで頑張ったのだ。
 しかし、力及ばなかった。でなければ、異動の打診などされないだろう。
 自分のことは自分が一番よくわかっている。俺こそが俺の一番の味方であり、証人だ。他の誰がわかってくれなくても、自分の頑張りは自分だけがわかっていればそれで十分だ。
 いや、本当にそうだろうか。他人が評価しないことには、どんな頑張りも意味をなさないのではないだろうか。誰かに自分の労をねぎらってほしい。それこそが己の虚心な思いではないのか。なんとも女々しく、みみっちい話だが。
 ただ思うのは、この現実を直視することからでしか、新しい第一歩を踏み出せないのではないかということだ。そして、敗れたとはいえ、己の力量を知れたのはある意味で前進なのではないかということだ。漫画『ワンピース』のアラバスタ国王風に言うならば、「過去を無きものになど誰にもできはしない」が、「この戦争の上に立ち、生きてみせ」ねばならないのだ。最早答えは決まりつつあった。
 俺は自室に戻り、上司に折り返しの電話をかけた。

 生まれた地を離れた若者が、旅先にて試練を乗り越え、イニシエーションを経て、「ビッグ」になって帰郷する。少なくない数の神話がとっているとされる構造だ。俺はというと、大した試練もイニシエーションも経ず、また「ビッグ」にもならないまま、始まりの場所に帰還する運びとなった。打診を受けたとはいえ、答えを出したのは他でもない自分だ。今は、転がる石に苔はつかないー A rolling stone gathers no moss.ーことを信じて、新たなる一歩を踏みしめるだけだ。

(後記)
「行けます」と上司に伝えた後、妙にテンションが上がってしまい、ビリー・ジョエルの『Say Goodbye to Hollywood 』をヘビーローテションした。「Movin’ on is chance」と彼は歌う。俺もそうであってほしいと願う。
 打診を受けてから正式な決定が下されるまでの約二週間、上司からは特段何の話もなく*2宙ぶらりん状態にされたことにより、将来への不安感が強まり、気分が下がりがちになった。俺の返答を聞いた上司がさらなる上司へそれを伝え、さらに偉い人が最終的な決定を下す。その伝言ゲームの過程でどんな間違いがあるかはわからないし、もしかしたら「どちらにしようかな」で俺の処遇が決せられているのかもしれない。何だか知らぬ間に、大いなる力に人生を左右されるようになってしまった。決して本意ではないが、少しくらいはこういうギャンブル的要素があるのも悪くはないかとも思う。
 賽が投げられた以上、出目に従うだけだ。

*1:因みに、この同僚は「水曜日って要らなくないですか?」とも言っていた。

*2:「正式な決定が出るまではこの話は内密で」と言われていたので、同僚やら先輩やらに打ち明けることもできなかった。