玉稿激論集

玉稿をやっています。

脳からの汗

 週に二回は酒を飲まないという己との約束をここのところ破りがちだ。週二日(特に月金)はアルコールを入れない。ただし飲み会等のやむを得ない特別な事情がある場合は、この限りではない。平時は週二回酒を断つのに何らの痛痒も感じていない。しかし、不安、憂鬱及び自己嫌悪等が積み重なると、どうしても酒を入れたくなってしまう。感じている焦燥を、募る不安を、叫び出したくなるような忌まわしい記憶を、一時でも忘れたいのだ。行きつけの24時間営業のスーパーで、ロング缶のビールと粗悪なレモンサワーと適当な惣菜を籠に詰める。
 多く人がそうだろうと思うが、俺のメランコリーも他人からしたらひどく些末なものばかりだと思う。そもそも自分にしてからが、「発作」が収まって振り返ってみると、「どうしてあんなしょうもないことにヤキモキしていたのだろう」と屢々不思議になるくらいだから。でも、発作中はそんなことを考える余裕などない。そわそわして落ち着きがなくなる。身体は疲れているはずなのに、変に目だけは冴えている。脳から汗が滴っているような感覚に陥る。
 先日とある会に出席する旨を伝えた際もそうだった。行こうか行きまいか迷ったり、何やかんや忙しくしていたら、出欠を伝えねばならない締切の期日を二週間以上過ぎてしまっていたのだ。会の幹事をされている方に恥を忍んでLINEをする必要があった。「ご無沙汰しております。…への参加申し込みは今からでも間に合いますでしょうか…」一拍間を置いた後に送信ボタンをタップする。瞬間自己嫌悪に陥る。おそらく自分以外は皆期日までに出欠の連絡を入れているのだろう。それなりに忙しかったり、ドタバタしていたとしても、期日を忘れることなく出欠の可否を伝えているのだろう。比べて自分はどうか。確かにここ最近は忙しい。異動もあるし、今の職場での引き継ぎもあるし、作りかけの書類もフォルダ内に山積している。しかし、仮にそうだとしても、やはり大人である以上、社会人である以上、期日はしっかり守らなければならないのだ。皆が難なくしていることも満足にやれない自分が何とも飽き足りないのだ。
 幹事の先輩からの返事を待つ。メッセージに既読がついているかなど、いつもは殆ど気にならないのに、何度もスマホをチェックしてしまう。なかなか既読にならない。いや、まだ送ってから然程時間は経っていない。「すみません、もう参加の申し込みは打ち切っています」そんな返信であっても仕方ないと思う。悪いのはこちらなのだから。特に落ち込むこともないだろう。それなのに、心のどこかで断りの返事が来るのを恐れている。ああ、どんなにか恐れているだろう!頭の中はもう汗だくだ。とりあえず、ひとまず、アルコールを入れねばならない。俺はいつものスーパーへ足早に向かう。

 サッポロ黒ラベルと寳のレモン酎ハイをレジ袋に詰めた後スマホを見ると、先輩から返信が届いていた。「参加できます!ありがとうございます!」の文字。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、取り越し苦労からくる疲れがどっと押し寄せる。いずれにしても、酒を入れねばならない。
 その日のビールもいつも通りうまかった。